松本広域地協

「人権長野県集会」“みんなで考えよう! 差別と人権”に参加しました

2015-09-09

9/5(土)に、“みんなで考えよう! 差別と人権”『人権長野県集会』が、松本市波田のアクトホールで行われました。地元はもとより、県内各地から連合の仲間が多く参加して開催され、集会は県民会議の議長を務める連合長野中山会長の主催者代表挨拶の後、纐纈あや(はなぶさ・あや)監督の映画「ある精肉店のはなし」が上映されました。大阪の被差別部落のお肉屋さん家族のお話・・・。自分たちで育てた牛を自ら屠り食肉として売る。生きると言う意味を、お店を通して、日本社会の歴史や食の文化と命の大切さを学べるドキュメンタリーです。平成26年度文化庁文化記録映画大賞、第5回辻静雄食文化賞など数々を受賞した作品であり、映画の冒頭から引き込まれました。
映画上映後に纐纈あや監督が「いのちを食べて・いのちは生きる」との題で講演されました。

以下お話しされた中で印象的な内容について紹介します。
「屠場には静謐な何かがあり、そこでとても大切なことが行われているのでは……と感じました。」「そこにはいのちといのちが向き合う真剣勝負がありました。これがあってはじめて、私の“食べる”があったんだと。それまで生きてきたなかで最大の衝撃で、揺さぶられました」「一般的に、屠場にたずさわる人々が取材を安易に引き受けることはあまりありません。生死を扱う現場であることや、一部ではその裏に被差別部落の問題などがあるからです。さまざまな要因が複雑にからまって、これまで屠場の内部が公になることは少なかったと思います。」「屠場で生き生きと働いている人たちの姿は、とても素敵だと思いました。悲壮感や暗さはまったくないです。食べるために生きものを絞めることを残酷だと思う人がいるとすれば、それは生きもののいのちが、自分自身の食べるという行為とつながっている実感がないからではないでしょうか。仮に残酷というならば、それは自分自身に返ってくることであると私たちは自覚しなければいけないと思います」「私の場合は、大きな牛を相手に命がけで働く彼らを目の前にした時、素直に『ありがとうございます!』という思いがこみ上げました。だって、私たちが食べるお肉です。本来ならば自分ですべきことを、ずっとやって下さっていた方たちがいたんだ……と感じたんです。」「屠場を特別な場所として扱うのでなく、北出さんたちにとっての普通の暮らし、日常の仕事として撮ることで、作品にできるのではないかと、ある時気づいたんです。北出さんの生きものや食べものを扱う手つきはていねいで、その“手の雰囲気”がとってもやさしいんですよ。決して雑なモノ扱いをしていない。生身の人間が、いのちあるもの、あったものに対して有機的に反応している。それを伝えようと思いました。」「生きものと日々接し、つながりを持つ人々特有の懐の深さというのでしょうか。他のいのちがあって自分たちが存在していることの実感が彼らにはしみついている。まさに命の本質につながって生きているのだと思います。食べものを生み出すことを生業にしている方たちを心から尊敬しています。」

機会がありましたら是非ご覧いただきたいと思います。